2016年4月20日水曜日

三菱自動車の燃費データ不正は何を教えているか

三菱自動車が不正な燃費データで顧客をだましていたことが発覚した。報道によれば、不正の手口は、タイヤの路面抵抗や空気抵抗などを表す走行抵抗値を燃費が良くなるように改竄(かいざん)して、実際の燃費試験値よりも5~10%高くしたそうだ。カタログ燃費がリッター30㎞だったとすると、実際には、29.70297㎞~29.85075㎞ということになる。なんだか、燃費が向上したようにはちっとも思えないが。

実際の試験燃費と改竄した燃費にそんな小さな差しかないのに、こんなに大きな問題になってしまうことの方が恐ろしい気がする。もちろん、不正なデータでウソをつくことは許されないが、この問題の背景には、凄まじい燃費競争がある。低燃費にこしたことはないが、現在の燃費競争は、小数点以下の数値で行われている。

自動車をよく運転している人は、カタログに記載されている燃費は実際の燃費と大きく異なることを知っている。そして、運転の仕方やタイヤの空気圧、車載物の重量で燃費が大きく変わることもよく知っている。コンマいくつかの燃費の差などは、そうしたことで消し飛んでしまう。

しかし、自動車メーカーは、数字に表される燃費で勝負している。おそらく、開発者たちには、コンマいくつかでも試験燃費を向上させるようにすごいプレッシャーがかけられていたのではないかと思う。考えようによっては、悲しい出来事と言うべきかもしれない。

エコカー・ブームを作ったのは自動車メーカーではなくて国=時の政府である。国土交通省の「自動車燃費目標基準について」というウェブページによれば、1979年以降、以下のように、燃費基準が策定され続けてきている。そして、その過程で、エコカー減税やなんやらで低燃費車を優遇する一方で、燃費基準に達していない古い車には自動車税を上げるという制裁を課してきた。

1979年  6月: エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)制定
1979年12月: ガソリン乗用自動車の燃費基準の策定 (1985年度目標)
1993年  1月: ガソリン乗用自動車の燃費基準の改正 (2000年度目標)
1996年  3月: ガソリン貨物自動車の燃費基準の策定 (2003年度目標)
1998年  6月: 省エネ法改正・・・「トップランナー基準」の考え方の導入
1999年  3月: 乗用車、小型貨物車のトップランナー基準の策定 (ガソリン車は2010年度目標、  ディーゼル車は2005年度目標)
2003年  7月: LPガス乗用車のトップランナー基準の策定 (2010年度目標)
2006年  3月: 重量車(トラック、バス等)のトップランナー基準の策定 (2015年度目標)
2007年  7月: 乗用車、小型バス、小型貨物車のトップランナー基準の策定 (2015年度目標)
2013年  3月: 乗用車、小型バスのトップランナー基準の策定(2020年度目標)
2015年  7月: 小型貨物車のトップランナー基準の策定(2022年度目標)


かつてに比べて自動車の燃費は格段に向上してきたことは確かであり、プリウスに代表されるハイブリッド車やマツダのスカイアクティブの技術は、素直にすごいと思う。軽自動車はもともと普通車や大型車に比べて遙かに低燃費であったが、さらに燃費を向上させるために新技術を次々に開発してきた。これも、また、驚嘆に値する。

しかし、コンマいくつかの燃費向上で販売競争をすることから生じた今回の試験燃費データの改竄事件は、自動車メーカーもユーザーも、自動車の燃費について、色々と考え直す必要があることを教えているのではないだろうか。

三菱製の自動車は好きだった。かつて、スーパーシフトと呼ばれた副変速機を備えたマニュアルミッションのミラージュ(黄色の3ドアハッチバック)に乗っていた。チェンジレバーが2つあって、8速という優れもので、ガンガン走った。軽自動車のミニカ(白色)にも乗っていたことがある。これは、主に妻が使用していた。パワーステアリングが電動式で、長年乗っていたらパワステが時々効かなくなったりして修理に出したこともあるが、近くの修理工場では手に負えなかったことが懐かしい思い出だ。

2016年4月17日日曜日

熊本を中心とする大地震からの一刻も早い災害復旧を

まさか熊本で、と思った人も少なくないだろう。テレビで震度7の大地震の発生が報じられたとき、
熊本で地震が発生するようなことを今まで聞いたことがなかったのに、と思った。亡くなられた方と親族や関係者に心からお悔やみ申し上げるとともに、家を失ったり避難されている方には一刻も早く平穏な日常生活が戻ることを祈るばかりである。

大地震の報に接したときにすぐさま思い出したことは、安倍首相が消費税引き上げの議論の中で、“リーマンショックや東日本大震災のような異変が生じない限り、予定通りに消費税を10%にする”と何回も“力強く”口にしていたことだ。それを聞いたときには、なんて変なことを言うのか、どういう意味なのか、消費税とりーマンショックや東日本大震災がどういう関係にあるのかと訝(いぶか)しく思った。そして、リーマンショックや東日本大震災のために大変に辛い、苦しい、悲しい思いをした人々がたくさんいるにもかかわらず、そうしたことに思いを馳(は)せることなく、りーマンショックや東日本大震災を異変の例として得意げに取り上げる安倍首相の無神経さと知性のなさに、一国の首相の発言かと、ほとほと呆(あき)れるやら腹立たしく思うやら、情けなくなってしまった。

まさか、安倍首相が熊本の地震を予測していたわけではないだろうが、全く以て(まったくもって)奇妙でゾッとする。よもや消費税引き上げを延期する口実にするようなバカげたことを口にすることはないだろうが、これまた首をかしげざるを得ないようなことが報道された。オスプレイを災害復旧に利用するという案が検討されていることを管官房長官が話したそうだ。オスプレイの配備は有耶無耶のうちに既成事実化しているが、これを機会にさらにオスプレイの“有効性”を印象づけようとしていることが見え見えである。これほど露骨に災害をも政治に利用しようとするのが現在の内閣であるということなのか。

地震は恐ろしい。いつ、どこで発生するか、現在の高度に発展した科学でも正確な予測は困難である。50年以内にどこそこで大地震が発生する確率が何%と言われても、それが研究の成果としては評価されるかもしれないが、その成果が防災に直結しているとは誰も感じてはいないだろう。いつ、どこで、どの程度の規模の地震が発生するかは永遠に予測できないことではないだろうか。

地震が起きるたびに地震学者がマスコミに登場するが、そのときの地震発生のメカニズムについての説明と余震への注意を促すばかりである。いわゆる後追いであり、結果の説明にすぎない。

一目で災害の危険があるとわかるところに建っている老朽家屋で今日なお大勢の人々が住んでいる。家屋の倒壊で亡くなられた方には、そうした家屋に住むお年寄りが多い。なぜか。経済的事情で住宅の補修や安全なところに移転することができないからである。阪神大震災でも老朽家屋の倒壊で多くのお年寄りが亡くなった。

地震予知に膨大な国家予算がつぎ込まれているというが、その予算と防災対策や災害救助、復旧のための予算とを勘案したときに、いずれが有意義かを一考することが必要ではないだろうか。

2016年3月11日金曜日

東日本大震災から5年を経てもまだ復興が道半ばなのはなぜか

甚大な被害をもたらした東日本大震災から5年を経た。しかし、復興は、なお、道半(みちなか)ばである。

報道によれば、「避難生活を送る人はなお17万人以上に上り、恒久的な住まいの一つ、災害公営住宅の完成は被災3県でまだ半分にとどまる。政府が決めた集中復興期間は3月末で終わるが、被災地が日常を取り戻すのは遠い」(朝日新聞3月11日朝刊)。

これも報道によれば、これまでの5年間で26.3兆円が復興費に費やされた。そのうちの10.5兆円は復興増税によるものである。この復興増税は2013年から始まり、所得税と個人住民税、法人税がそれぞれ2.1%上乗せされ、2037年まで続く。ただし、法人税に限っては安倍政権の下で2014年までの2年間で打ち切られた。経済成長を促進するためだという理由からである。

復興増税は2037年まで続くが、復興庁の設置期限は2021年3月までで、それまでに復興・創生期間が終了する予定になっている。その間の2020年に、東京オリンピックの開催が予定されている。よくわからない復興計画である。

復興予算に関しは復興庁のホームページに詳細が掲載されているが、とても複雑で、素人にはよくわからない。それらの中から、復興関連予算の過去の執行状況と復興庁の平成28年度予算の概括表をここに掲げておく。

表1

表2

国家予算の使い道に関しては、その道の専門家に聞きたいところだが、これまでに目的外使用や不適正処理が何回か報道された。それにしても、これだけ巨額の予算を費やしているにも関わらず、復興が道半ばで、苦しんでいる被災者がなお多いというのは、たしかに被害の規模は大きかったとしても、復興政策に問題があるといわざるを得ないだろう。どう考えても、本気になって真剣に復興優先の政策を進めているとは思えない。

工学的技術や社会的技術は日進月歩であり、災害復旧にもそれらを総動員することによって、かつてよりは遙かに迅速で効果的な復興が可能なはずである。それができないのは、ひとえにそれらを正しく活用できない/しようとしないで愚策ばかりを弄する輩が莫大な予算を浪費しているからだ。そこには、国民に優しくない政府がある。

東日本大震災の主因は巨大津波だが、迅速な復興を妨げている大きな要因が原発事故であることは論を俟(ま)たない。表1には、「原子力災害からの復興・再生」のための予算が3兆6,952億円が当てられている。表2では、平成28年度には、そのための予算として1兆167億円が計上されている。常識的に考えれば、原発事故が起きていなければ、それだけの予算を生活と生産の復興に集中投入できたら、と被災者のことに思いを寄せる者ならば誰でもが悔しくなるだろう。

なぜ、津波による被害をふせげなかったのか、なぜ、原発事故は防げなかったのか、ということに関する議論はこれまでに繰り返されてきた。そして、そうした議論の中で、しばしば、「想定を超える」とか「想定外の」という表現が使われてきた。これらの表現が用いられるときには、「誰にも責任がない」ことを暗に主張している。

たしかに、自然界のみならず人間界においても、人智を越える事象が生じることは少なくない。しかし、である。少し考えてみれば、人智を超える事象が生じることがある、というのは、人智を超える事象が生じることがあることを想定していることでもある。

人間の素晴らしさは、ある事象の発生を予測でき、それに対処することができることだけではない。いくら精緻で厳密な検討をしても、なお予測不可能なことが生じることがある、ということを想定できる能力を持っていることである。

だから、想定外だから、想定を超えることだからといって、責任を免れたり、責任を問うことをしないことは許されることではない、ということだ。その件に携わって、どのような形にせよ有形無形の報酬を受けてきた者は、想定外とされた事象によって被害が生じた場合にこそキッチリと責任をとらなければならないだろうし、その事象について発言する者は、誰が/どういう立場の者が責任をとるべきかを明確にし、「知らぬ顔の半兵衛をきめこむ」輩を厳しく追及すべきである。

ベーコンの言葉として「智は力なり」は有名である(諸説はあるが)。自然を正しく理解する知識を得れば自然(の猛威)を制御できる、という趣旨の言葉として私は理解してきたが、制御できないことをすることを制御することも人間の知恵である。やろうと思えばできるだろうが、それをやることによって生じる悲惨な/取り返しのつかない結末を考えて、やらない、ということだ。そんなことは誰でもがふつうにそうしている。敢えてやろうとすることを一般に冒険という。冒険家は、普通の人ができないことをやる人ではなくて、普通の人ならやろうと思えばできるけどやらないことをやる人のことをいう。

人間は、できること(可能なこと)はやりたいという欲求に衝き動かされる動物である。たしか、同じようなことを、エーリッヒ・フロムが『希望の革命』の中で述べていて、学生時代に読んだときに、自分だけの思い込みではなかったことに驚きと嬉しさを感じたものだ。科学技術の進歩は、そうした欲求を充(み)たし続けてきた過程でもある。その成果は、豊かで便利な生活と取り返しのつかない悲惨-幸福と不幸-の両方を人類にもたらしてきた。前者は、経済を発展させてきた生産技術であり、それによって生み出された様々な新商品である。後者は、公害病であり、核爆弾(原子爆弾:原爆)に代表される兵器である。

人間は経験から学ぶ、と言われている。しかし、経験から学ぶだけならば、犬猫でもできる。経験から学ぶことは動物一般に備わった能力なのだろう。人間は、経験から学ぶだけではなく、経験したこともないことを想像力(イマジネーション)-人間固有の能力だと私は思っている-を働かせて、それまでは見たことも聞いたこともないものを作り出したり、将来を見通したりすることができる。

ところが、始末が悪いことに、人間は、想像力を膨らましすぎて経験から学んだことを反故(ほご)
にしてしまうことがある。こうなると犬猫以下で、経験から何も学ばなかったと同じになる。「羮(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹く」ではなく、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」になってしまう。

原子力発電も核爆弾も核分裂で生じるエネルギーを利用するということでは同じ原理に従っている。異なるところは、原子力発電は核分裂で生じるエネルギーの大きさを制御しながら利用するのに対して、核爆弾は制御することなくエネルギーを最大限に発揮させようとするところにある。要するに、核エネルギーを制御できる技術を開発できたことが原子力発電の開発を可能にしたということだ。

しかし、東日本大震災の際に生じた福島原発の事故と、その後の対応が教えていることは、原子力発電は、現在の技術では-ということは人間の力では-制御しきれない多くの問題を抱えているということだ。良心的な科学者、技術者であれば、そのことは重々理解しているはずである。そうでなければ似非科学者、似非技術者であろう。あるいは思想を持たない犬猫同然の動物に過ぎない。技術者は思想を技術で表現する、と言った学者がいた。誰だか忘れたが、昔に何かの本で読んだ記憶がある。

原子力発電は、綱渡り的なきわどい冒険と言えるかもしれない。その人個人が自分の欲求を充足するために、他人には何の被害を与えることなく自分の責任でことを処理できるのであれば、冒険は勇気ある行為として賞賛されてもよいだろう。

しかし、今回の原発事故のように、多くの人に被害と迷惑をもたらしたあげくに、いまだに事故処理に手間取っていて、いつ処理が終わるかもわからないままに膨大な国家予算を浪費続けているのは、冒険ではなくて明らかに犯罪である。にもかかわらず、誰も自ら責任を取ろうとしないし、責任の所在を明らかにしようとさえしない。

そればかりではない。原発再稼働が着々と進められている。直近の経験から学ぼうとしないし、想像力も働かせることなく、被害は他人事(ひとごと)とばかりに、あの手この手で言い繕いながら、大仕掛けの手品よろしく制御できないことを制御できるふりをして事を進めている。如何様師も面目丸つぶれであろう。

原子力の安全神話は崩壊した。国民はだまされ続けてきたが、まだ、だまし続けることができると高を括っている。だが、本当に恐ろしいことは、制御できないことを知りながら、科学者、技術者が自分をだまし続けながら原子力発電の安全性を口にすることである。

2016年3月4日金曜日

教員の部活動顧問が社会問題になっている

たまたま、学校教員、過酷過ぎる部活顧問労働…百日連続勤務、休みは1年に7日、残業代なしという記事を目にした。

中学や高校の教員を子どもに持つ知り合いが何人かいて、クラブ活動の顧問をしていて、ろくに休みも取れない毎日を送っている、ということは聞いていた。それにしても、上の記事を読むと、ひえー、という感じがする。

部活動の顧問をすると、そんなにも時間がとられてしまうのか、とビックリする。教員としての本務を果たせないのではないかと思ってしまう。教員になると、ほとんど勉強しない、なんて話を聞いたこともあるが、そんなことでは、教員としての研鑽を積むことなんかできなくなるし、そうすることが教員に求められる、なんてことは忘れてしまうのではないだろうか。そして、そうしたことが学校で当たり前になってしまっているとすれば、学校は、もはやまっとうな教育機関ではないことになる。

私は、中学、高校時代を自慢ではないが(自慢しているがな)、運動部で活躍した。高校時代は、早朝練習があったので毎日弁当を2食分もっていったし(早弁と昼食)、週休2日制ではなかった時代だから、土曜日はたっぷり練習時間をとったし、日曜日も午前中は練習だった。夏休みや冬休みには合宿が何回となくあったし、正月もなかった。

大好きだった海水浴も、中学と高校の6年間は一度も行った記憶がない。海水浴は体に悪い、なんてことを聞かされていたし、行く暇もなかった。

そんなクラブ活動漬けで過ごした6年間だが、部活動の練習に顧問の先生が来たのは数えるほどしかなかった。それも、その日ずっと練習を指導したりしたことはなかった。まあ、たまに顔を見せるくらい、というところだった。公式大会の時には付き添ってくれたこともあったと思うが、あまり記憶にないから、大きな大会だけだったかもしれない。

中学時代の記憶では、大会が近い頃に早朝練習があって、そのときには、顧問の体育教員が珍しく体育館に来た。何でそんな記憶があるかといえば、その日に、その先生が、アメリカ大統領のJ.F.ケネディが暗殺されたと教えてくれたからだ。練習を見に来たついでなのか、その事件を知らせるためについでに練習を見に来たのかわからないが、その先生は興奮して話していた記憶がある。運動バカの集まりであった私たちは、そのことを聞いても、ことの重大さを考えることができなかったが、なにか、とんでもないことが起こったということを、その先生の話しぶりから感じた。

高校時代は、卒業生で地元で働いていたクラブの先輩がコーチとして毎日指導してくれていた。そのことは顧問も承知していたし、学校の許可が必要とか面倒なこともなかったようだし、もちろん無給であった。本当にそのスポーツが好きだったことと、強くしたいという思いが強かったのだと思う。ととても厳しい指導だった。自分たちだけでは絶対にできない練習であった。素晴らしいコーチであった(早世してしまったのが残念である)。そのおかげで県内有数の強豪校として常に県大会でベスト3の位置を維持していた(残念ながら国体もインターハイ全国大会も、あと一歩のところで代表にはなれなかったが)。

クラブ活動が試合の勝ち負けを度外視した同好会のようなものならともかく、競技力を高めようとするならば、優れた指導力をもち、熱意に溢れて、その指導に全力を傾けることに本人が満足感・充実感を覚えることができる指導者が必要である。現在の学校のクラブ活動では、運動部であろうと文化部であろうと、かつての時代よりも競技力や技術、技能、設備、用具などのレベルが格段に上がっていることだろう。そうであれば、なおさらのこと、指導に専念できる指導者が必要になろう。こう考えると、一般の教員にそうしたことを求めることには無理があるのは明らかである。

そうした中で、本来ならば、授業の準備や教員としての研鑽を積む時間を削って、疲労とストレスを抱えながら時間外労働として部活顧問をしている、というわけだ。考えてみれば異常な世界であるが、そうしたことが是正されずに続いているのは、部活顧問も教員の本務の一つと思い込んでいる教員が少なからずいるからだろう。そして、部活顧問も一生懸命にやる教員が良い教員とする風潮が教育界にべたーと蔓延(はびこ)っているからだろう。

もちろん、部活顧問も一生懸命にやる教員が悪いというわけではない。私も高校時代に、クラブ活動の顧問をして全国大会の常連になれるような強い運動部を育てたい、という気持ちから高校の教師になりたいと思ったことがある。大学でも運動部に所属して教員免許も取得した。休みに帰省した折には、母校の運動部の合宿に付き合ったりもした。しかし、体を壊して激しい運動を続けられなくなったことから教師になることを断念したほど教師になる動機も部活動だった。そのころは部活動顧問の問題などは考えもしなかった。まあ、筋肉でしかものを考えられないような運動バカで思考も単純だったからだろう。

いまや学校はブラック企業と同じだとも言われている。労働という面では、教職員組合もだらしないというか組合としての機能を果たしていないというか、組合として部活動問題の責任は大きいことを自覚すべきである。教員の本務という面では、問題を放置したままでいる校長などの管理職や教育委員会の責任はとりわけ大きい。

では、解決策としてどういうことが考えられるか、ということになるが、思いつくままに幾つかの選択肢を並べてみよう。

1.部活動を全面的に廃止する。
2.教員の時間外労働に対して時給計算に基づき正規の賃金を支払う。
3.指導者を外部から招聘する/外部に委託する。
4.部活動は生徒の自主的運営に任せ、顧問はその部の管理に当たる。

1は、部活動を学校から切り離すことである。アメリカなどでは、そうした方法で生徒のクラブ活動が行われていると聞いたことがある。生徒にとっては、学校内で行おうが学校外で行おうが大きな違いはないだろう。活動費などは従来通りに学校の負担とすればよい。

2は、若干の手当などということではなくて、時間外手当や休日出勤など一般の労働と同等の賃金を正規の報酬として支払うことである。おそらく相当の金額になるだろう。この場合は部活動顧問を従来通り教員が行うことを前提にしているが、強制ではなく、教員の意志に任せる。いいアルバイトになると思えばやるだろうし、それよりも勉強や家族サービス、休養の時間が欲しいと思えばやらなければよい。

3は、いま流行(はやり)のアウトソーシングである。部活動専属の職員として正規あるいは非正規に雇用するかどうかは契約によることになろう。外部委託の場合には、運動部であれ文化部であれ、専門家が指導することになるだろうから、費用は嵩むだろう。しかし、学校や教育委員会が部活動は必要と考えれば、費用は負担せざるを得ない。

4は、かつて私が経験した部活動のスタイルである。中学生ともなれば、上級生が練習のメニューを作り、立派に部活動を運営できる。高校生なら、なおさらのことである。県大会や全国大会に無縁の部でも、生徒は練習に励み、部活動を満喫できるだろう。

大事なことは、教員として生徒の教育に専念できることである。部活動の顧問をすることも立派な教育活動の一環だ、なんて声が聞こえそうだが、よほど器用か才能豊かで何でも手早くこなすことができる人とか、よっぽど要領が良い人とか、授業や勉強に手抜きすることに全く罪悪感を感じない人とかでないかぎり、教員として教育と部活動顧問の両立を図ることは、相当無理をしないとできないことだろう。

部活動顧問をしないと変な奴とみられるとか自分勝手とみられるとか、そんな風潮は一掃しなければならないだろう。一億総活躍などと戯言を言っていないで、活躍しすぎて苦しんでいる教員や、本務でもないことに強制されて悩んでいる教員のことを真剣に考え、教育現場の悪しき風習を早急に無くすよう、関係者は尽力すべきだろう。

2016年2月21日日曜日

愛車の平成10年式アルトを涙を呑んで手放した

ついに、愛車の平成10年式アルト-4ナンバーの商用車で4速のマニュアル・ミッション-を涙を呑んで手放した。実に悲しい思いだ。

実によく走った。3速でも坂道をガンガン走った。在職中は通勤にも使った。退職してからも、老妻とのチョットした遠出や買い物に、また、妻の買い物や趣味のお出かけにと、まさに活躍した。老妻は、30代後半に免許を取ってから、ずっとマニュアルミッションを運転してきたから、いまでも、このアルトを上手に操ることができる。

自動車税は4,000円で有料道路料金も普通車の半額料金、タイヤも4本で1万円以下、バッテリーも小型なので低価格だったし、オイルも3リッターですんだ。車検もずっとユーザー車検でやってきたので必要最小限の費用ですんだことなど、維持費を気にしないで乗り回すことができた。

燃費は詳しく計ったことはないが、なにしろパワーウィンドウなどの電動装置やらなにやら余分なものが何も付いていないので超軽量でマニュアル・ミッションだったので、優にリッター15キロ以上は走ったようだった。

エアコンも調子がよいし、CD付きのラジオはAM、FMともに音質良好だったし、エンジンの噴き上がりも上々で、エンジン音も良好。まだまだ十分に走る車だったが、老妻に言わせれば、もうボロボロでエンジン音がうるさくて、人がビックリして振り向く(そんなことはないと思うが)から恥ずかしくて載っていられない、ということで、買い換えることにした、という次第。泣く子と老妻にはかなわない、というところか。

下取り価格は0円という査定だった。私にとっては、すごい価値があるものも、市場価格では、そういうことになるというわけだ。個人にとっての価値と市場価値の乖離(かいり)は甚だしい、ということを実感する。馴染みの販売店(ここでこれまでの20年間で5台購入した、といっても総額は中級の新車1台分くらいか)の馴染みの営業マン(既にベテランになって管理職)に、「展示車にしたら」とか「代車で使ったら」とか「ガソリンがまだいっぱい入っているから営業で使ったら」と提案したが、「残念ですが潰されますね」と笑っていた。

というわけで、記念に、その愛車だったアルトを紹介しておこう。ぜひ欲しい、と言われても、残念ながら(誰も残念がらないか)、もう遅い・・・。





 

2016年2月7日日曜日

小保方晴子さんの信じがたい言動を子を持つ親の立場から考える

このブログで、2014年5月12日に、「STAP細胞騒動を子を持つ親の目から考える」と題して一文を認(したた)めたが、小保方嬢が最近「あの日」と題する手記を出版したとの報道に接して、その一文を思い起こした。「親の目から考える」と奇妙な表現を使ってしまった。本来なら「親の目で見る」とか「親の観点から見る」、「親の立場から考える」とすべきところだ。それはともあれ、彼女が何のためにその手記を書き、出版社が何のためにそれを出版したのか理解に苦しむが、彼女も出版社もそうした信じがたい異常な行為がまかり通ることに恐ろしさを覚える。

仮に小保方嬢が自分の娘であれば、そんな手記を出版することなど断じて許さなかったであろうし、出版を企画した講談社に必死になってその企画の取り消しを求めただろう。出版社のいい年をした連中も、自分の娘だったら、と考えたことがあるだろうか。自分の娘が、何度も何度もいたぶられ、恥をさらすことに、親なら耐えられないと思ったことはなかったのだろうか。

STAP騒動の最中(さなか)に、小保方嬢をしたり顔で擁護したり弁明の機会や再実験の場を用意するなどした理研の当時の野依理事長をはじめとする幹部連中や当時の下村文科大臣、兵庫県知事なども、一時(いっとき)でも、親の立場から考えたことがあるだろうか。親なら、娘が犯した不正行為やデタラメを一番よくわかるはずである。そして、正すことができるはずである。本当に娘のことを思うなら、中途半端で曖昧な庇(かば)い立てをすれば、結局は一番傷つくのは当の娘自身であることを知っているはずである。

手記は売れているという。おそらく、興味本位で読む人は少なくないかもしれないし、擁護派が大量に買い占めているのかもしれないが、その手記が大手出版社から堂々と出版された背景として指摘しなければならないことは、STAP騒動の過程で繰り返されてきた多くの茶番の仕掛け人と支持者、支援者が誰も責任をとろうとしないで知らんぷりを決め込んだり無関係を装ってきっちりとした決着をつけないままに放置してきたことがある。

小保方嬢も、もう好い加減にデタラメとごまかしの上塗りを止めて、これ以上おのれの愚かさをさらけ出すことをしないことだ。そのことは、もう十分に知れ渡っているのだから。そして、一日も早く自分自身で決着をつけ、普通の生活に戻ることだ。そのことを誰が説得するかは、もう言わなくてもいいだろう。

聞くところによると、手記には、科学の道を閉ざされて悔しいようなことを書いているという。自分と自分を取り巻く世界を客観視できない者が、科学を口にすること自体が矛盾していることに気がつかなければならないだろう。

人から嘲笑を買いたいのであれば、それはそれでいい。自虐志向を人生観にしていると人々は理解してくれるだろう。しかし、他人を誹謗したり被害者面(ひがいしゃずら)することは許されない。それを続ければ、もう、誰も相手にはしてくれないだろうし、再起の道も完全に閉ざされるだろう。

それにしても、こうした異常な事態を生じさせている連中は許されない。

2016年2月5日金曜日

羽生四冠が王将戦第3局に勝った

郷田王将に挑戦している羽生四冠(名人、王位、王座、棋聖)が王将戦第3局(2月4日・5日)に1勝って2勝1敗と勝ち越した。

羽生ファンの私には気分のよい1日になった。

中継に釘付けにされるほど白熱した戦いであった。読みと構想力が試される力戦調の勝負で、まさに鎬(しのぎ)を削(けず)りあう実に見応えのある一局であった。将棋ソフトの差し手と羽生四冠の差し手では全く異なっていたり、全く同じであったり、解説者の読みと同じであったり、異なっていたりと、中・終盤の攻防にハラハラ、ドキドキしながら楽しんだ。

守勢に回った郷田王将の59手目を6六銀と予想して中継のチャットに書き込んだら、郷田王将がその手を指した。難解な局面の62手目で、ひょっとして2五桂馬と予想して中継のチャットに書き込んだら、羽生四冠が、その手を指した。おおおお、とビックリした。どちらも予想されにくい手だっただけに、うれしくなった。終盤、ソフトの評価値は羽生四冠断然有利を示していたが、81手目に郷田王将が王手をかけた。これは100手まで行く、と中継のチャットに書き込んだら、まさに、その通りになった。というわけで、3勝した気分になった。

前王将の渡辺二冠(竜王、棋王)から王将位を奪取して久々にタイトルを手にした郷田王将も好きな棋士だから、連覇して欲しいという気持ちもあるが、郷田王将には誠に申し訳ないが、羽生四冠には、今期、王将位を奪取して五冠になって欲しいとも思い、複雑な心境ではある。そんなこんなで、次局の熱戦を楽しみにしている。