2016年12月12日月曜日

カジノ解禁法案をめぐる議論に思うこと

カジノ解禁法案とやらの国会審議が短時間で終了して衆議院を通過したそうだが、審議の中でIRとかなんとかが頻繁に出てきたので、何か聞いたことがありそうな略語のようだが、何のことかいなと思っていたら、統合リゾート(Integrated Resorts)のことだそうだ。劇場やホテル会議場、公園、ミュージアムなどが集積した観光施設のことらしい。

IRのIは、てっきりIntelligenceの頭文字のことかと早合点して、安倍首相が口にするのは似合わないのにと思っていたら、そうではなかったので、ホッとした。

カジノで私が実際に足を踏み入れたことがあるのは、随分前のことだが、カナダに行った折に、知り合いの知り合いが紹介してくれて格安で宿泊できたホテルに併設されていたかなり大きなカジノだ。聞けば、そのカジノは市内循環の無料バスを走らせていて、お年寄りも小銭を持って気軽に遊び来るということだった。そういえば、スロットルマシーンの前に座る高齢女性もけっこう見かけた。

大当たりして、「これで楽しいクリスマスを迎えることができる」と大喜びしていたが、大当たりといっても10万円くらいだったように記憶している。ルーレットやカードも掛け金の上限が決められていて、たしか、10万円を超えることはなかったと記憶している。

場内の写真を撮ろうとしたら、警備員に止められてしまった。場内は写真撮影禁止、ということだった。

不法カジノで選手生命を絶たれるような処分を受けた有名選手もいるが、日本でも、競輪・競馬・競艇は公認されていて、パチンコも景品を現金と交換できる仕組みがあるから、ギャンブルが全面的に禁止されているわけではない。宝くじも言ってみれば胴元である国や地方公共団体がぼろ儲けをするために行っている公認ギャンブルだ。

カジノ解禁法案の議論の中では、ギャンブル依存症などの問題も指摘されているが、私が問題だと思うことは、統合リゾートの名の下に、十分な審議をしないままに、観光客誘致で経済効果が大きいという理由で簡単に法案を通してしまう政治的手続きのことだ。

外国へ出かけたときに、日本が自慢できることは何かと聞かれたことも多いが、その時に私は、戦争放棄を唱った憲法と、国民皆保険、国民皆年金、銃刀法、麻薬が蔓延していないこと、そして、カジノのようなゲスっぽく荒稼ぎをする施設がないことをあげてきた。要するに、安全で国民に優しくて品格のある国であることを、ある種の見栄を張って自慢してきた。

20代のときにアメリカでホームステイをしていたとき、地方ラジオ局にゲストとして出演したことがある。リスナーの質問に答えるコーナーで、地元のハイスクールの生徒から、「日本の若者には、なんで薬物使用者がいないのか」という質問があった。何かで見たり読んだり、誰かから聞いたようだった。そんなことは考えたこともなかったので、しどろもどろの説明しかできなかった。結局、「よくわからないが、身近にそういう若者を見たこともないし、少なくとも日本の学校で薬物使用者のことが話題になった記憶はない」というようなことをその時は答えた。質問した生徒は、そんな雑な説明にも、「学校に薬物使用者がいないことはすばらしいことだ」と納得してくれた。日本はそうなんだ、と逆に教えられた思いだったし、うれしかった。

今回のカジノ解禁へ向けた動きは、なりふり構わず手っ取り早く金を稼ごうという知恵も理性も働かせずに一攫千金を狙う危うい人間のやることと同じだ。アベノミクスが失敗したことを自らが認めていることがカジノ解禁法案となって現れたのだろう。

国民を危険にさらし、国民に優しくなく、国の品格を落とし続ける政治をいつまで続けるつもりなのか、そして、国民は、いつまで、そのことに気がつかないのか。

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