2015年10月26日月曜日

カプセルホテルもなかなかのものだ

先週の日曜日に朝から東京で用事があったので前日の土曜日に都内に宿泊することにした。十数年前から、宿泊や航空券の予約はインターネットで行っていて、今回も色々な予約サイトで1週間前くらいから探し回ったが、年金生活者が手頃な値段(最近では、日本でもリーズナブル何て言うらしい)で泊まれる宿泊施設がどこも満室で予約できなかった。東京ではどれだけの人が土曜日に宿泊しているのかと驚いた。

空室があるところと言えば、カプセルホテルか相部屋のホステルのような所と、私にとっては篦棒(べらぼう)に高額なホテルだけだった。

というわけで、仕方なくカプセルホテルで良さそうなところに予約を入れた。3,100円だったが、手持ちのポイントが利用できたので2,500円で宿泊できた。やったー、なんて気分になれた。

官庁街に近い地下鉄駅のすぐ近くで繁華街からほんの少し離れたところに建つ大型ビルだが、入り口はこじんまりとしていて銭湯みたいだった。が、中に入ると、想像に反して館内は清潔で明るく、館内着やフェイスタオル、バスタオル、歯磨き、ひげ剃りなどの、いわゆるアメニティ・グッズも揃っている。風呂は共同の大浴場でサウナまで付いている。湯量も豊富で、大きな浴槽が3つもあり、チョットした温泉気分が味わえた。

カプセルへの出入りは、それこそ穴蔵に潜り込むようで厄介だったが、中は座っても頭が天井に付かないくらいの広さがあり、テレビやラジオ、アラームクロックも付いていて、照明はビックリするほど明るかった。昔、よく長距離の寝台列車を利用したが、そのときの寝台よりは遙かに広くて清潔感があった。

カプセルの入り口が厚手の遮光ブラインドのためか、周囲のカプセルからイビキが聞こえたが、まあ、自分も大イビキをかくので、お互い様というところか。宿泊者は皆さん静音に心がけているのか、物音はほとんど聞こえず、静かなものだった。

早めに眠りについたので6時半に起床し、前日にコンビニで買った牛乳とパンで朝食を済ませ、ゆっくりとチェックアウトをする準備をし、地下鉄駅に行く途中にあるコーヒー店で濃いめのコーヒーとタバコをゆっくりと楽しんでから用務先に出かけた。

寝るだけ、に徹底すれば、宿泊したカプセルホテルの費用対効果(満足)-コスト・パフォーマンス(コスパなんて略すこともあるそうな)-は抜群に高いと私には思えた。バシッとした身なりの同年配の宿泊者もかなり見受けられた。どんな理由で、このカプセルホテルに宿泊することになったか聞いてみたい気もしたが、思いとどまった。老人のカプセルホテル宿泊体験記でした。

2015年10月16日金曜日

糸谷竜王が防衛初戦で渡辺棋王を破る快挙

糸谷竜王が、昨日と今日の2日にわたって行われた第28期竜王戦七番勝負の初戦で、挑戦者の渡辺棋王(永世竜王)を142手の熱戦の末に破った。終盤、一進一退の攻防が繰り広げられて、はらはらさせられたが、最後は即詰みに討ち取った。

糸谷くん(と呼ばせてもらう)が若干26歳で初タイトルの竜王位を奪取したのが昨年の12月で、このブログでも祝福の記事を書いたが、はや防衛戦を迎えた。挑戦時は七段であったが、竜王位獲得で八段になった。初防衛に成功すれば、規定により九段に昇段する。すごいことだ。

挑戦者の渡辺棋王も31歳と若いが、竜王位9連覇という偉業の持ち主で、獲得タイトル数15期という名棋士である。時折テレビなどで棋戦の解説をするが、実に明快、論理的である。超一流の棋士に対して言うのも何だが、将棋をよく知っているという印象が強い。

羽生ファンの私には、渡辺棋王は羽生四冠のにっくき天敵ともいえる存在であるが、そのくせ、彼の隠れファンでもある。糸谷竜王のファンでもある私には、したがって、今回の防衛戦を複雑な思いで観戦している。

一方では、糸谷竜王が防衛して九段になって欲しいが、渡辺棋王にも竜王に復位して欲しいとも思う。そして、羽生四冠にも、竜王位をもう1期獲得して、永世竜王になってもらいたいとも思う。

そんな、こんなで、へぼ将棋を趣味とする私は、今回の竜王戦に興奮させられている。

2015年10月8日木曜日

一億総活躍社会とやら古くさくてセンスのないスローガンを作った阿呆は誰だ

何ともセンスのないスローガンを出してきた安倍内閣は時代錯誤か懐古趣味か、はたまた知恵不足か。ビックリしたのは、「一億総活躍担当」大臣なるものを置いたことである。

「一億総活躍社会」と聞いて、「おっ!、輝ける未来の日本!」、などと期待を膨らました人がいるだろうか。まず、いないだろう。逆に、何か聞いたことのある言葉だな、と思った人も多いことだろう。そう、経済成長下で言われた「一億総中流社会」や、かつて名を馳せた評論家・大宅壮一氏がテレビの急速な普及を揶揄した造語「1億総白痴化」などである。

もっと古くは、戦中の「一億総決起」や「一億火の玉」を思い出した人もいよう。軍歌にも、「進め一億火の玉だ」というのがあったそうだ。

戦中の日本には一億もの人口はなかったはずなのに、と思うが、昭和16年8月に厚生省人口問題研究所が発行した『人口政策の栞』には、昭和15年10月の国勢調査の結果を引いて、「この結果に依れば、内地、朝鮮、台湾、樺太、更に関東州、南洋諸島をも包含した我が国全版図の人口は1億を突破すること522万余に及んで居る」とある。このときの内地人口は、73,114,308人である。

総務省統計局の人口推計によれば、平成27年4月1日現在の総人口は1億2,693万9千人で、そのうち、日本人人口は1億2,527万5千人だから、1億人を大きく上回っている。しかし、生産年齢人口とされる15~64歳の人口は7,727万7千人だから、1億には足りない。

15~79歳だと1億88万9千人になる。20~84歳だと9,985万6千人になる。でも、これだと、年寄りに期待しすぎになるかもしれない。

10~74歳だと1億25万4千人になる。5~69歳だと9,771万1千人と1億を切ってしまう。でも、これだと子どもに期待しすぎで途上国並みになってしまう。

まあ、一億というのは実際の人口を言っているのではなく、国民みんなを象徴する数字ということだろうが、いまの、そして、これからの日本で、「一億総活躍」と言われれば、ちっちゃな子どもとヨボヨボの老人も含めないと実現できないことになる。それとも、「一億総活躍」というのは、大量の移民流入を図る政策のスローガンということなのだろうか。

昨年、内閣府は、「全員参加型社会を目指して」をスローガンに高齢社会フォーラムが開催したそうだ。これも、「一億総活躍社会」と同じ発想なんだろう。

「一億総活躍社会」だ「全員参加型社会」だ、なんて国民を煽って、誰もが本気になって活躍したり、活躍の場を求めたりしたら、困るのは言い出した方で、自分の首を絞めることになることをわかっていないのは、全くおめでたいと言うほかはない。というよりは、国民みんなが活躍する/活躍できるなんて本当は端(はな)っから思っていないから、そんな古色蒼然なスローガンを打ち上げて悦に入っているのだろう。

かつての日本は、国家総動員法や大政翼賛会のように、トンデモナイ連中がトンデモナイものを作って国民を意のままに操って戦争に駆り立てた。そして、意のままにならない活躍者には弾圧や懐柔で従わせた。

いまはそんな時代ではない、と言うかもしれないが、違憲内閣が違憲の安保法制を作った/作らせてしまったではないか。トンデモナイ連中がトンデモナイものを作ったということでは、ちっとも変わっていないということだ。

おれも、わたしもと、活躍や参加の場を求めて大いに活躍しようとすれば、きっと、いろいろと締め付けが行われることになるだろう。そして、いまでもそうだが、意のままに操れることができる連中の活躍が喧伝(けんでん)されて、更にくだらない無駄遣いの政策が次々と打ち出されてくることだろう。そして、また、その流れに乗るお調子者が考え無しで礼賛し、お人好しは、あれも活躍、これも活躍とわけのわからないことに引きずり回されて、くだらなくて無駄遣いの事業のお先棒を担ぐことになるだろう。その結果、「一億総無駄遣い社会」、「全員総惨禍社会」が出来上がるだろう。そうならないためにも、トンデモナイ連中の意に沿わない活躍に、それこそ皆が参加しなければならないだろう。