2015年9月28日月曜日

スーパームーンの写真を撮った

今夜はスーパームーンが見られるということで、外に出てみた。我が家の空には厚い雲が多くかかっていて、雲間から時折顔を出す程度であったが、何枚か写真を撮ることができた。ズームを最大限の600㎜にして手持ちで撮ったのでピントがイマイチだが、記念に載せておくことにする。




 

スーパームーンという言葉を初めて知ったが、その年に最も大きく見える満月のことだそうだ。

ちなみに国立天文台のウェブサイトを覗いたら、次のような記事があった。

今年の中秋の名月は9月27日です。
「中秋の名月」とは、太陰太陽暦で8月15日の夜の月のことをいいます。農業の行事と結びつき、「芋名月」と呼ばれることもあります。中秋の名月をめでる習慣は、平安時代に中国から伝わったと言われています。
今年は中秋の名月が9月27日、その翌日の9月28日が満月と、中秋の名月と満月の日が1日ずれています。中秋の名月は、新月となる日から数えて15日目の夜の月のことを、満月は、地球から見て月と太陽が反対方向になった瞬間の月を指します。このように決め方が違うことから、それぞれの日のずれが生じることがあるのです。
また、太陰太陽暦で9月13日の夜を「十三夜」と呼び、日本ではその夜にもお月見をする習慣があります。十三夜は、「後(のち)の月」「豆名月」「栗名月」とも呼ばれます。今年の十三夜は10月25日です。
9月28日の月は、今年最も大きく見える満月です。
月は地球の周りを回る天体ですが、その軌道が楕円形をしているため、地球と月の距離は一定ではありません。また、月の軌道は太陽や地球などの影響を受けて変化するため、月が地球に最も近づくとき(近地点)、最も遠ざかるとき(遠地点)の距離が毎回異なります。
今回は、9月28日午前10時46分に月が地球に今年最も近づきます(約35万6900キロメートル)。そして、その約1時間後の午前11時51分に満月の瞬間を迎えます。ただし、日本では月が地平線の上に出ていない時間帯となります。満月の瞬間の月の視直径は約33.5分角です。


天体の運行には興味が尽きない。ガリレオ・ガリレイ自作の望遠鏡で月を観察したのが1609年で、そのときの望遠鏡の倍率は14倍とか20倍だったが、とても覗きづらくて視野も狭くて観察に苦労したようだ。それから406年後の今夜、24倍ズームのデジカメで、いとも簡単に月を観察し、撮影することができた。ガリレオに申し訳ない気がした。月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月(詠み人知らず)。

2015年9月22日火曜日

自家製のおはぎを食べ過ぎた

妻が急に思い立って、「おはぎ」を作った。ずっと昔に作ったような作らなかったような。本人も、よく覚えていないくらいに久しぶり作った。

小豆を買ってきて、時間をかけて「つぶ餡」を作った。糯米(もちごめ)も買ってきて粳米(うるちまい)と混ぜて炊いた。出来上がった「おはぎ」は迫力満点の特大サイズである(下の写真)。

 
「おー、うまそう~」と夕食に食べた。本当においしかった。2つをよく味わいながら食べてから、漬け物とお茶で仕上げ、と思っていたが、甘い物好きなのに、「おはぎは食べられない」と娘は何と「おはぎ」に見向きもしないでレトルトのカレーを食べだした。

せっかく時間をかけて母親が作った「おはぎ」を食べない娘に、「お彼岸には、おはぎを食べるものだ」なんて、突然、伝統文化礼賛論者みたいになってしまった私は、「あれ、俺も年をとったかな」と思いながらも、「おはぎ」の後味を楽しみながら「おはぎ」談義をしようかと思ったが、強烈なカレーの香りに誘惑されてしまい、「食べたいの?」という娘に、素直に、「うん」と言ってしまった。

「おはぎ」とは、また、別の味を楽しんで、「おっ、うまいな」と、つい言ってしまった途端、「もう、おはぎ、食べないの。せっかく時間をかけて、一生懸命作ったのに」と妻からのクレーム。「そうよ、せっかく作ったのにね~」とは娘の弁。自分では食べないくせに、母親の味方をする。妻も娘には食べろとはひとことも言わないのに、私には「さあ、もっと食べて」と無理強い気味に勧める。

若いときなら、「おはぎ」の4つや5つは食間でも食後でも軽く食べたものだが、年には勝てないもので、この、でっかい「おはぎ」は2つ食べれば十分すぎるくらいなんだが、ここで食べないと、「もう作ってやらない」と言われそうな気がして、「じゃ、もう一つ食べようかな」と、口中にカレー味が残っていて何の味だかわからなくなってしまったが、“頑張って”食べた。

というわけで、「おはぎ」食べ過ぎという、しょうもない話しでした。

昔、お彼岸になると、「おはぎ」を各家庭が大量に作って、重箱につめて親戚やら隣近所やらに配ったものだ。「おはぎ」や「ぼたもち」が行ったり来たりすることになるのだが、一日中食べていた気がする。どの家庭でもそうだったんだろう。面白い習慣というか、贅沢な無駄だったんだろうな。

お寺にもお供え物として持っていった。本堂の2階の壁に沿ってぐるりと何段もの位牌が並べられていて、一番下の段の、大人の腰の高さくらいのところがお供え物を置く段になっていた。そこに、各檀家がもってきた「おはぎ」が重箱やら皿に盛られていた。どれくらいの数だったろうか。それはそれは壮観だった。つまんで食べてもいいということだった。好きなだけ食べてもよかった。もっとも、線香の煙と香りが満ちている中では、子どもでも食べる気はしなかったが。

ついでに、「おはぎ」や「ぼたもち」について、あらためてチョット調べてみた。転載しておくことにする。うーん、知らなかったことも多い。勉強になった。

『広辞苑』(岩波書店)より
〇お‐はぎ【御萩】
「はぎのもち」の別称。「彼岸に―をこしらえる」

 〇はぎ‐の‐もち【萩の餅】
糯米(もちごめ)や粳米(うるちまい)などを炊き、軽くついて小さく丸め、餡(あん)・黄粉(きなこ)・胡麻などをつけた餅。煮た小豆を粒のまま散らしかけたのが、萩の花の咲きみだれるさまに似るのでいう。また牡丹に似るから牡丹餅(ぼたもち)ともいう。おはぎ。はぎのはな。きたまど。隣知らず。萩の強飯こわいい。

『世界大百科事典』(平凡社)より
 ぼた蛭(牡丹蛭)ぼたもち
もち米、または、もち米とうるち米をまぜてたき、半つぶしにして小さく丸め、アズキあん、きな粉などをまぶしたもの。春秋の彼岸につくって仏壇に供え、親戚縁者などへ配る風習があった。ぼたん蛭のなまった語で、別に〈萩(はぎ)の花〉〈萩の蛭〉〈おはぎ〉ともいう。いずれも形や色をボタンやハギに見立てたもので、萩の花の語は《日葡辞書》に Faguino fana として書かれている。《本朝食鑑》(1697)は、手軽に蛭つきの音も立てずにつくれるので〈隣知らず〉、またついたかどうかわからぬので〈夜舟(よぶね)〉というだじゃれめいた異称を紹介し、庶民の食べもので貴人の食とされることは少ない、ともいっている。江戸では天保(1830‐44)ころから〈三色ぼた蛭〉で人気を集めた店があった。鵬町三丁目(現,千代田区)にあった〈お鉄ぼた蛭〉がそれで、〈ぼた蛭だけれどお鉄は味がよし〉などと川柳や狂詩によまれている。(鈴木 晋一)

2015年9月19日土曜日

安保法案を読んでいなくて反対するのはおかしいと批判した元国会議員の見識を疑う

どこかのテレビ番組で、元プロ野球選手でなぜか国会議員を経験したことのある江本孟紀氏が、安保法案に反対している人が、どれだけ安保法案を実際に読んだかが問題で、ほとんどの人は読んでいないと批判めいたことを言っていた。テレビに頻出する何でも評論家の宮崎哲弥氏も江本氏をフォローするような発言をしていた。

しかし、コメンテーターとして出演しているのか単なるゲストとして出演しているかわからないが、国会議員を経験している有識者としての立場からの発言とすればお粗末きわまりなく、彼の批判は的を大きく外れている。

たしかに、安保法案や戦争法案と通称されている法案は、内閣官房のウェブサイトに全文も概要も掲載されていて、読もうと思えば誰でもが読めるようにはなっていた。また、ハフィントンポスト(The Huffington Post Japan)などでも詳細な解説を掲載していた。

とはいえ、それらを読んでいないからとか目を通していないからといって、安保法案に反対したのはおかしい、ということにはならない。安倍首相はじめ閣僚の国会での答弁や説明から、安保法案の骨子が自衛隊を軍隊として海外派兵ができるようにする危険な法案であり、日本のこれまでの安全保障政策を根底から変えることを目的とする憲法違反の戦争法案であると判断したから反対の声を上げたのである。

法案そのものの検討や解釈、説明は、それこそ国会議員や有識者の役割である。江本氏は、これまでにどれだけそうしたことを真剣にやってきたか、ということだ。そうしたことを自省することなく、わけしり顔で、臆面もなく、茶飲み話的に、さもわかった風に喋る神経を疑う。

そういえば、5月20日の衆議院での党首討論で、共産党の志位委員長からポツダム宣言に関する認識を問われたとき、安倍首相は、「私はまだ、つまびらかに読んでいない。論評は差し控えたい」と答弁したことがあった。そういう答え方もあるのかと感心(?)したが、要するに読んだことはない、ということだろう。ひょっとしたら、憲法も、「まだ、つまびらかに読んでいない」のかもしれない。

こんなこともあった。参議院特別委員会で鴻池委員長の不信任動議に賛成理由の説明をしていた民主党の大塚議員が、「総理に集団的自衛権は自然権ですかと聞いたところ、総理はキョトンとしていた。おそらく自然権という言葉をご存じなかった」と“暴露”した。

政治家としての、ましてや首相としての見識を疑う事例であるが、おそらく文書や文献などをじっくり読んで勉強するなどということをしてこなかったし、していないのではないだろうか。ひょっとすると、安保法案もしっかりと読んでいないのかもしれないし、理解もしていなかったりして・・・。

一般の国民が法案を読まずに反対運動することと、首相が重要文書も「まだ、つまびらかに読んでいない」で政治学の基本概念についても不案内なままに違憲の法案を成立させて政策をゴリ押しするのと、どちらが批判、揶揄(やゆ)されるべきだろうか。

安保法案が可決、成立したが、これで終わるわけではない

与党の自民党、公明党、そして、次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の5党による安保法案のごり押しは、日本を低劣で未熟な非文明国家に貶めようとするものである。それらの政党に所属する国会議員は、平和と安全は武力で維持されると考えているようだ。

いま、参議院では、愚劣きわまりない安保法案を数の力で可決成立させようとしている。

数の力と武力で平和と安全が守られると考えるのは、古代から中世、近世の統治者の発想であろう。そうした発想の延長で武力の高度化と量産化が進み、近代に入ってから大規模な武力衝突が繰り返されてきた。そして、悲惨な結果がもたらされた。

その反省と悔悟の念は国連憲章の全文には「われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い」と明記され、日本国憲法の全文には「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」と明記されている。そして、日本国憲法では、その決意を具体的に明示するために第九条で戦争放棄を謳っている。それは、日本の宝であり、それを大事にすることは日本人の知性を表すものだと私は思っている。

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 
安倍内閣が推し進めようとしている安全保障政策は、時代に逆行する政策である。国際環境が変わったとか何とか言っているが、安倍首相本人とその取り巻きは、中世的思考から脱却できずにいる頑迷固陋な人間であることを少しも自覚していない。変わるべきは自分たちであることにいささかも気づいていないのである。
 
いましがた参議院本会議で安保法案が可決、成立した。愚法を愚者の横暴で可決、成立させることになったのは多数の愚者を国会へ送り込んだ多くの国民である。悲しい。実に悲しい。取り返しの付かない事態が生じないことを祈ると同時に、性根を入れて政治に向き合うことの大事さを国民の多くが学んだことだろう。

遅くはない。舵を元に戻さなければ痛い目に遭うのは自分たちである。

2015年9月17日木曜日

安保法案の強行採決って、ありゃ何だ?

安全保障関連法案を審議している参院平和安全法制特別委員会での鴻池祥肇委員長への不信任動議に対して与野党議員が賛否の理由説明をしているのを妻とテレビでずっと見ていた。結構長かったが、コーヒーを何杯も飲みながら終わりまで見ていた。することが山ほどあったのだが、テレビの前から離れられなくなったほど面白かった。

面白かったというと語弊があるかもしれないが、これまでの委員会や本会議での質疑応答とちがって、不信任動議に賛成する野党議員が、ここぞとばかりに安保法案の違憲性について指摘し、安倍首相はじめとする閣僚の矛盾に満ちた説明を批判首尾一貫した主張を展開し、とてもわかりやすく、説得力があったからである。

民主党の福山、大塚両議員、共産党の井上議員、社民党の福島議員の明快で自信に満ちた、そして、感情のこもった演説には感心したし、感動さえ覚えた。政治家の演説の上手さにあらためて感心した。そして、よく調べ、よく勉強しているという印象を受けた。

山本太郎議員の若干不安定な議論の展開も、独自の観点から何が問題かをよく調べた上での事実認識に基づいて一生懸命訴えようとする姿勢が伝わって、悪いものではなかった。とくに、イラクへの自衛隊派遣に関する事後評価が十分に行われていないこと、そして、その当時に、いま審議されているような安保法案があったとしたら、自衛隊の活動内容や自衛隊員の被害はどうなっていたか、という指摘は傾聴に値すると思った。

安倍内閣の面々に比べて、知性と政治理念の面では明らかに大きく上回っていたと視聴者は感じたことだろう。そして、なんで、そうではない面々が政治を牛耳り、良識ある意見に耳を傾けようとしないのだ、と思ったことだろう。

不信任案を出されたときの鴻池委員長の戸惑いというか動揺したような表情としゃべり方、すっと立って委員長席からすたすたと去っていった姿も印象的であった。そして、不信任動議についての理由説明を行った野党議員全員が、鴻池委員長にはすこぶる高い評価をしていたことも、この種の動議に関する演説では珍しいことではないだろうか。

数の力に物を言わせて不信任動議は否決されたが、その後で、委員会が再開されるべく、鴻池委員長が着席した途端に野党議員が委員長席に群がっていった。見ていて、何事が起こったかと思った。採決が終わった後で委員長代理である髭の佐藤議員(筆頭理事)が、「記録を止めて下さい」とか言った後で、記録再開を命じた風でもなかったし、着席した委員長が何か喋った風もなかった。

もみ合っている最中に安倍首相はすたすたと委員会室を出て行った。そんな中で、もみ合いの中にいる佐藤議員が左手を何回も何回も上げ下げしていた。与党議員らに起立を促しているようだったが、野党議員の多くももみ合いの中にいて着席していなかったし、委員長が声を発した様子もなかった。少なくとも、テレビからは委員長の声は聞こえなかった。

そのうち、中谷、岸田の両大臣も席を立ち、委員長も与党議員に守られるようにして委員会室を出て行った。テレビの解説でも、すぐには状況がつかめていなくて、後ほど確認すると言うことだったが、結局、起立多数で可決したということだった。あんな状態で起立多数と判断するのか。

あれが国会での審議と採決なのかとなのかと唖然とする。まあ、強行採決はいま始まったことではないが、ごり押しでも何でも、数の力でやってしまえば勝ち、ということか。良識の府とされる参議院は、安倍内閣のもとで一挙に愚劣の府に化してしまった。

愚かで頑固で信念だけは強固な者には何を言っても通じない。始末に負えない。安倍首相と、その取り巻きの連中は、何を望んで、そんなに愚者ぶろうとするのか。誰を真似て自らを愚かで頑固で信念だけは誰にも負けない人間に仕立て上げて突っ走ろうとするのか。

この安保法案を通してしまうことは、国民こぞってそんな人間になってしまうことだ。そして、日本は、愚かで頑固で知性のかけらも持ち合わせないが信念だけは堅固な人間が集まった非文明国家として歩み始めることになるだろう。