2014年10月15日水曜日

メガネが壊れてしまった

昨夜、風呂上がりにメガネのレンズを拭こうと思ったら、ポロッとフレームがとれてしまった(下図)。特に力を入れたわけではなく、手に持った途端にもげてしまった。

 
そういうわけで、行きつけの(というのもおかしいが)眼鏡屋さんに朝一番で行くべく家を出たが、開店は10時から。しかたがないので、近くの大規模公園の中を30分ほど散歩した。おかげで運動不足の解消になった。一人で、夫婦でと、散歩するお年寄りが何人かいたが、考えてみれば(考えなくても)、私もお年寄り。
 
先日は、温泉大浴場の脱衣場でこのメガネを落としてしまい、片方のレンズが割れてしまったので、交換したばかりだった。そのときに、壊れた経緯(いきさつ)を話すと、眼鏡屋さんは商売上手で、「あっ、それなら、おすすめのメガネがございます」と言って、風呂用メガネを持ってきた。「お客様にちょうどピッタリの度数のがありました」ということで、試しにかけてみたら、ホントだ、よく見える。ということで、購入したのが下の写真のメガネ。パッケージに、「BATH GLASSES FOR ゆ」とあって、「ゆ」の下に小さく「 YOU」とある。こういうの、好きである。「GLASSES」の「S」も湯気に見立てていて、なかなか親父ギャグ的で好感度満点、と私には受ける。
 

今日の話に戻ると、壊れたメガネの修理はメガネの生産地福井県に送ることになり、2週間はかかると言い、溶接するだけなら4,500円ですむが、溶接で変色した部分を元通りに補修するには1万円ほどかかり、日数も伸びるというので、思案の結果、レンズはそのままでフレームだけを買い換えることにした。その店で購入したメガネなので記録が残っていて調べてくれたが、同じフレームはなかった。7年前に購入したことも、そのときにわかった。まだ3年くらいしか使っていないと思っていたが、けっこう長く使っていたことになる。商品購入の記憶は好い加減なんだと思った。

新しいフレームにいま使っているレンズをはめ込むことになると、フレームに合わせてレンズのまわりを削ることになるのでレンズ本体が小さくなる。それに合うフレームがなかなか見つからない。流行の違いか、横長だったり角張っていたりして隙間ができてしまうものが多く、7年前の形状のものがなかなか見つからない。仕方がないので、削ったレンズでもはまりそうなもので我慢することにした。年金生活者だから贅沢は言ってられないので、低価格のをと思ったが、それもかなわず、19,000円ほどのものを購入することにした(下図)。


レンズなしの場合は割引で、さらに“お得意様ですので”ということで5%引き。で、結局、16,621円と相成った。店員の話では、このデザインは“トラッド”だということで、その種のメガネをかけたモデルの写真が載っているチラシを指さしながら、「どこでも、どんな場面でも違和感なくお使いになれます」とのことである。まあ、その写真のモデルは当然のごとくに“イケメン”だからよく似合ってはいるが、典型的な親父の私には似合うかどうかは二の次で、よく見えることが大事。

出来上がるまで40~50分かかるとのこと。一度家に帰ろうかと思ったが、また、すぐに来ることになるのも面倒だと思い、近くの公立図書館に行った。おー、朝からこんなにもたくさんの人で賑わっている、と少しばかり驚く。しかも、圧倒的に“老老男女”だ。テーブルと倚子のほとんどは爺婆(じじばば)で占領されている。どっかり座ってテーブルに新聞を広げているのを見ると、図書館で新聞なんか読まなくても、と思ったりする。書架の間を“徘徊(はいかい)”しているのも爺婆だ。大勢の爺婆が、静かに、ゆったりと“徘徊”する様(さま)は、さながら幽霊が天界を彷徨(さまよ)っているかのようだ、というのは失礼に当たるか。おいおい(老老)、どうなってるんだ、と思う私も、その仲間で、つい、釣(つ)られて、さて何を読もうかと同じように館内を彷徨う。図書館が、あたかも天界のごとき様相を呈しているところにも、高齢社会ならではの景色を見ることができる、というのが私の印象風景である。

最新刊の将棋雑誌があったので、それを手にして、どこか座る場所はないかと“徘徊”すると、児童書コーナーのテーブルと倚子には空きが多いではないか。よっしゃ、とばかりに座ろうとすると、テーブルの上に、「ここは子ども用ですので、大人は座らないで下さい」というようなことが書いてあった。おっとっとっと、そういうことなのか、と気恥ずかしい思いで、そそくさと移動する。

児童書書架の陰に倚子だけが並べられていて、そこに座って大人も児童書を読んでいる。おー、ここなら老人が座ってもかまわないのだと、どっかと座って将棋雑誌を開く。阪大大学院在学中の糸谷七段が竜王戦の挑戦者になった記事や豊島七段が羽生名人が持つ王座に挑戦している記事などを読む。目をしょぼつけながら指し手を追いながら読むのはけっこう疲れる。

時折、母親に連れられてきている子どもの声がする。図書館らしく静謐(せいしつ)な中に、と言いたいところだが、「次の方、こちらにどうぞ」とか「少々お待ち下さい」という女性の明るく元気な声が引っ切りなしに響き渡っている。本を借りたり返却する人がカウンター前に行列を作っているので、それを捌(さば)く声だ。“徘徊”している時には気にならなかったが、読書に集中するとスーパーの大売り出しさながらの喧噪のように感じてしまう。そうこうしているうちに40分はあっという間に過ぎたので、眼鏡屋さんに戻っていったら、ちょうど出来上がったところだった。

聞いたことがある気がするのだが、国によっては、メガネも健康保険が適用されるようだ。近眼や老眼は病気ではないというのが日本の健康保険の考え方なのだろうか。それとも、近眼や老眼は“治療”できないから病気として扱わないというのだろうか。あるいは、“治療に値しない”ということなのだろうか。近眼、老眼も日常生活にけっこう支障があるし、メガネやコンタクトレンズ(私は使ったことはないが)にも費用が嵩(かさ)むことを考えると、健康保険が適用されたら随分とうれしいが。


これは、パソコンに向かうときや、旅行時に予備として使っているメガネ。レンズセットで6,000円という格安品。プラスチックレンズで、フレームもごついが、目に易しい感じがする。
寝ながら本を読むときに使っているメガネ。近眼用だが度数はかなり弱い。遠近両用を使わない私には、とても使い勝手が良い。ドライブ中に通りかかった眼鏡屋さんの宣伝幟(のぼり)にあった「レンズ付き格安メガネ3,500円」の文字が目に入って、その場で購入したもの。こんなのもあるんだと感心した一品。
若かりし時に大枚をはたいて買った舶来品(オーストリア製)。気に入っていて、自分でもよく似合っていたと思っていた。踏んづけてしまってプラスチック(だかエボナイトだか)のフレームがボキッと折れてしまった。そのときは、フレームの修理などのことは知らなかったので、自分で接着剤で修理した。
接着剤で修理(になっていないかもしれないが)したところが“見事”にわかる。頑丈にと、レンズもろとも接着させた。何を考えていたのか、随分乱暴である。そのせいで、その後は外で使うことはめったになかったが、いまでも十分に(?)使えている。
これも同時に購入したオーストリア製。ちょっと、トンボメガネ的だが、若いときには、これでも、まあ似合っていて、気に入っていた。いまも現役だが、重たくて、鼻骨が痛くなり、長時間はかけていられない。それよりも何よりも、まったく不似合で、たま~にしか使わない。


一時期、車を運転するときに使っていたメガネ。息子が使っていたフレームにそれまで使っていたレンズをはめ込んだもの。老眼が進むとともに近眼の程度が弱くなったようで、このメガネでは度がきつくなり、スピードメーターもハッキリ見えなくなったので、いまはほとんど使っていない。ときどき予備に持ち歩くことがある程度。
度付きのサングラス。これも購入したときには抜群の見え方だったが、いまでは度がきつくなってしまったので、あまり使っていない。
以上が私のメガネコレクションだが、本格的にメガネをかけるようになったのが大学時代からで、どこかにしまい込んだままになっているものや捨てたのもあるので、 これまでに実にたくさんのメガネを使ってきたことになる。“メガネは顔の一部です”なんてコピーのコマーシャルがあったっけ。

コンタクトレンズが流行(はや)りだしてからも、目に異物を入れるなど、げに恐ろしげな、と使ったことはない。高校時代に大学生のバスケットの試合を見ていたときに、慶応大学の選手がコート内で急に止まって這いつくばったことがあった。他の選手も審判もみな同じように這いつくばってウロウロし出した。コンタクトレンズが落ちたのを探し始めたのだった。「コンタクトレンズ→落ちる→這いつくばって探す」。コンタクトレンズにはそんなイメージを私は持っているが、いまのコンタクトレンズは、使い捨てが多いようだから、そんなイメージはもう合わないのだろう。

泳ぐのが好きだったので、度付きの水中眼鏡も使ったことがあるが、シュノーケリングをするときには昔ながらの一つ眼(ひとつがん)でぼやけたままで海中の景色や魚の群れを楽しんだ。ハワイの海では、魚群が壁のごとくに迫ってきたのには驚いた。

小中学校の時にはサザエも自由に獲れた。その当時は、シッタカなんかは、まさに“とるにたりない”貝で、海底にたくさんいたが、獲っても自慢にはならなかったから手を出す子どももいなかった。たまに獲った子がいると、「な~んだ、シッタカか」と言われて、ポイッと海に戻したものだが、いまではけっこう食されているそうだ。いまはサザエもシッタカも自由には獲れないのだろう。川では、カンジッコやダボッカンジを学校帰りに糸だけで釣って遊んだ。話がメガネからとんでもない方向に行ってしまったが、そんな古き良き時代に幼少期を過ごしたことは幸せであったと言うべきか。

2 件のコメント:

  1. お風呂用のメガネなんてあるんですね!知りませんでした。

    お風呂にメガネを持って行くと、レンズ表面のコーティングや本体、レンズが傷んでしまうので持ち込めず、露天風呂での景色やサウナでのテレビが楽しめないでいました。

    いい情報を得ることができました。

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    1. コメントありがとうございます。掲載したポリカーボネイト製の風呂用メガネは1,310円と比較的購入しやすい価格でした(別に眼鏡屋さんの宣伝をしているつもりはありませんが)。耐熱温度は120~130℃と書かれています。お風呂専用となっていますが、ふだんは予備用として持ち歩いてもいいかもしれません。耐久性は今のところ不明です。

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