2014年8月13日水曜日

日本学生支援機構の暴挙-奨学金を返済しない人を訴える件数が急増している

報道によれば日本学生支援機構が2012年度に奨学金を返さない人に対して起こした訴訟は6,193件にのぼり、8年前の100倍を超えたという。すさまじい勢いで増加している。

借りたものを返さなければ訴えられるのは当然であるが、こと奨学金に関しては、そんな一般常識で納得がいくようなものではなさそうである。

日本学生支援機構というのは、かつての日本育英会を母体として、平成16(2004)年に発足した。その事業の中心は育英会と同様に奨学金の貸与である。私も、学部、大学院を通じて育英会の奨学金を借りていた。当時は、学部8,000円/月(自宅外。自宅生は3,000円/月)、修士課程23,000円/月、博士課程33,000円/月だったと記憶している。国立大学の授業料は月1,000円だったから、学部でさえ、授業料の8倍あったことになる。学生寮の費用が3食付きで3,000円~4,000円だったから、仕送りなしでアルバイトもしなくても、授業料を含めても奨学金だけで大学生活が送れたことになる。実際、私の回りには、そんな学生がたくさんいた。食事付きで1日1,000円というのが最も率の良いアルバイトだった。

家庭教師をすれば、月に3,000円くらいにはなった。私も、一時期、中学生と高校生の姉弟に体育の実技指導も含めて全科目を教えたことがある。いま考えると恐ろしいことだが、高校生の姉の方がクラスでの順位が急上昇してボーナスをもらったことがあった。ところが、演劇青年だった私が公演の準備で忙しくなった時期に何回か家庭教師を休んだところ、クラスでの順位が急降下して、以前の順位に戻ってしまった。もともとの成績順位が下3分の1だったから、ちょっとテストの点がよくなれば成績が急上昇したのだが、成績の急降下はひとえに家庭教師を休んだ私の責任ということになって、即刻クビになってしまった。演劇の公演が大成功だったので、そのときは、まあ仕方がないと諦めたが、もう二度と家庭教師はするまいと思って、以来、家庭教師はしたことがなかった。

話がそれてしまったが、奨学金を借りても、教育職や研究職に10年以上(だったと思うが15年以上だったか)勤務すれば返済免除になった。私の友人・知人にも、そうした特典の恩恵に与った者も何人かいる。もちろん、利子付きではなかったし、在学中に借りた奨学金の総額も、学部4年間で384,000円、修士課程2年間で552,000円、博士課程3年間で1,188,000円だから、学部から博士課程まで借りても総額は2,124,000円であった。

現在はどうかといえば、日本学生支援機構のウェブ上にある奨学金貸与・変換シミュレーションで計算した結果を表にまとめてみたら以下のようになった。第一種奨学金は利子なし奨学金で、第二種奨学金は利子つき奨学金である。ここでは利子を上限の年利3%として計算している。実際にはこれまでの金利は1.9%が最大で、近年では1%前後である。貸与額が第一種と第二種で違っているのは、このシミュレーションでは、そうした金額しか選択できなくなっているからである。



利子無しの第一種奨学金を月51,000円(なんで中途半端な額を選択させるのか不明だが)を4年間借りると、貸与総額は2,448,000円となり、これを180回(15年間)で返済するとなると、毎月13,600円になる。2年間の修士課程で月に88,000円借りると、総額は2,112,000円で、毎月12,571円を168回 (14年 )にわたって返済することになる。3年間博士課程で毎月122,000円を借りると総額は4,392,000円で、毎月18,300円を240回(20年)にわたって返済することになる。合計すると貸与総額は8,952,000円にも上る。
 
第二種奨学金であれば利子が加わるから返済総額は1千万円を超える。ビックリである。よくもそんな大金を学生という働いてもいない者に貸すかと日本学生支援機構は太っ腹のようにも見えるが、しっかりと連帯保証人を立てさせていて、返済が滞ってしまうと裁判で取りたてるというのであるから、低利で貸し付けるとはいえ一般の金貸しと異なるところはない。
 
貸与額や返済総額がこんなに高額になった背景には、日本学生支援機構になってから、奨学金の元になる金=原資の出所(でどころ)が多様になって、貸与総額が大幅に増加したことによる。その多くは利子付き奨学金である。

日本学生支援機構の年報平成24年度版に掲載されている「奨学資金原資内訳」の表に基づいて図を作成してみた。第一種奨学金の原資2,876億4,026万円と第二種奨学金の原資8,139億1,494万円を併せると1兆1千億円を超えるが、そのうちの74%は第二種奨学金の原資である。

 
第一種奨学金の原資のうちで返還金等充当分は1,884億4,652万円で、原資の66%を占めている。残りの34%は国庫からの交付金と借入金である。借入金ということだから、日本学生支援機構は、国から借金して奨学金を貸与しているということである。


「日本学生支援債権」、「財政融資資金借入金」、民間資金借入金」、「返還金等充当分」を合計すると、1兆8,045億2,694万円になるが、その中から財政融資資金等償還分9,906億1,200万円が差し引かれて8139億1494万円が平成24年度の原資になる。上の図の各原資の割合は、財政融資資金等の償還分を差し引く前の1兆8,045億2,694万円に対する割合である。償還分9,906億1,200万円は、当初原資1兆8,045億2,694万円の54.9%に当たる。
第一種と第二種を合わせると、返還金等の充当分は原資総額の49.6%である。日本学生支援機構は、「奨学生が卒業後に返還するお金が、次の世代の奨学金として使われます。 日本学生支援機構の奨学金は、先輩から後輩へとリレーされていくものです」と、あたかも奨学金は貸与、返還のサイクルで100%まかなわれているかのように説明しているが、実際には、返還金が奨学金に充当される割合は半分程度である。
 
第二種奨学金に関しては、返還金等充当分は3576億2,194万円である。原資のわずか20%にすぎない。残りの80%のうち、最も大きいのは「財政融資資金借入金」であり、8,203億円である。全体の45%を占めている。
 
財政融資というのは、財政投融資の3つの手法-財政融資、産業投資、政府保証-のひとつで、財務省の財政投融資に関するページでは次のように説明している。桃色部分は私が色づけしたものである。奨学金の原資として融資することは、「確実かつ有利な運用」になっているということである。
 
 財政融資とは、財政融資資金を活用し、政策金融機関、地方公共団体、独立行政法人などを通じて政策的に必要な分野に対して行う融資です。この財政融資資金は国債の一種である財投債の発行により調達された資金や、政府の特別会計から預託された積立金・余裕金などが原資となっています。平成13年度の財政投融資改革以前の資金運用部資金(現在の財政融資資金)は郵便貯金・年金積立金からの預託金が原資の大部分を占めていましたが、財政投融資改革により郵貯・年金との制度的なつながりは解消され、現在は財投債が主な資金調達手段となっています。
  財政融資は、国の信用に基づき最も有利な条件で資金調達しているため、長期・固定・低利での資金供給が可能であるという特徴があります。また、財政融資資金は財政投融資特別会計の財政融資資金勘定において経理されていますが、財政投融資特別会計の財政融資資金勘定は一般会計からの繰入れを行わない独立採算で運営されているため、確実かつ有利な運用を行うことが求められています。
 
考えてみれば、奨学金の原資として融資するということは、確かに確実かつ有利な運用と言える。融資元にすれば、一人当たりの融資額はたいしたことはないが、連帯保証人を立てさせて膨大な人数に奨学金として融資することは、他の融資先に比べて遙かにリスクが小さいと言えるだろう。
 
財務省の資料を用いて平成26年度の財政融資計画を一覧表にしてみた。
 
 
日本学生支援機構への融資額8,596億円は、財政融資総額11兆7,616億円のうちの7.31%にすぎないが、22機関に中で堂々の第3位に位置している。上位の2機関-日本政策金融公庫と地方公共団体-は別格であるので、それらを除くと、諸種の独立行政法人や金融機関の中ではダントツである。要するに、日本学生支援機構は融資先として悪くはないということである。そうであれば、融資額を増額することに躊躇する必要はないということになり、結果的に奨学生をどんどん増やすことが可能になる。
 
民間資金借入金」は、民間金融機関からの借入金である。都市銀行や地方銀行、農協など合わせて93の金融機関が入札に参加している。借入金利は、ほほ0.1%である。
 
日本学生支援債権」は、財政投融資を利用している日本学生支援機構が発行する財投機関債のことで、年に数回発行されている。平成26年6月の発行で35回目となる。金利は、0.152%である(平成24年2月の第26回発行から第35回発行までの10回の平均は0.172%である)。証券会社を会場にして投資家向けの説明会なども積極的に行っており、資金調達に熱心である。そうした説明の中では、日本学生支援債権は、格付投資情報センター(R&I)の格付でAA、日本格付研究所(JCR)の格付ではAA+と高格付であり、日銀適格担保要件も充足していると、優良商品であることも強調されている。平成26年6月には、第36回日本学生支援債券発行のため受託会社として、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社、みずほ証券株式会社、ゴールドマン・サックス証券株式会社の3社を共同主幹事として選定している。
 
 以上のように、日本学生支援機構は、奨学金の原資の多くを民間から調達することによって奨学金貸与者を増やしてきたのである。
 
下のは、奨学金の推移を示したものである。第一種奨学金の貸与額と貸与人数が横ばいなのに対して、第二種奨学金のそれらは急増していることがわかる。これを、図の左にある囲みの中で自画自賛しているように、奨学金を受給して学びたいという学生の増加に対応した良策と見ることができるだろうか。
 

民間から資金を調達するということは、金利の返済を伴う。低金利で借り入れたとしても、借入金の規模が大きければ返済金は多額になる。奨学金の貸与者を大幅に増加させたことが返還遅延者の増加を生むことになり、未返還額も増大した。そこで、あわてて取り立てを厳しくしようと裁判に訴えることになった、ということだろう。
 
しかし、返還率から見れば、「当年度分(当年度に回収期日が到来するもの)の回収率は、第一種奨学金が96.5%、第二種奨学金が95.7%」(平成25年度)であるから、それほど悪いとは言えない。損益計算書やキャッシュフローを見ても、日本学生支援機構は“きわめて健全な経営”ができている。3か月や1年くらい返還が遅れているからといって、先に見たように、「奨学生が卒業後に返還するお金が、次の世代の奨学金として使われます。 日本学生支援機構の奨学金は、先輩から後輩へとリレーされていくものです」といったもっともらしい理由で遅延者を犯罪者のごとくに訴えるのは、理不尽と言えるほどの暴挙であろう。
 
さーさー皆さん利用して下さいとばらまくだけばらまいて、莫大な借金を背負わせたまま卒業させるような現在の奨学金制度は根本から考え直さなければならないだろう。高い授業料をそのままにしておいて利子付きの奨学金を与えて返還に苦労させることが学生支援と言えるであろうか。日本学生支援機構という組織のあり方自体も検討すべき時期にきている。 
 

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